監督 ノエミ・メルラン
脚本 ノエミ・メルラン セリーヌ・シアマ
出演 スエイラ・ヤクーブ サンダ・コドレアヌ ノエミ・メルラン
感想
しょうもなさの中に切実な祈りがあり、わやくちゃなのに最後はじんとくる。男を殺して沖に集まる女たち。
エリーズ(ノエミ・メルラン)が「映画には台本があり動きが決められていて〜」と台詞を言いながら身体をまさぐられるシーンは、その後に起こる性暴力シーンも「これは決められた動きをやっているだけだから安心してください」と観客に伝える役目を果たしており、監督・主演であることを最大限に活かしていて唸った。虚実の交差や信条の直接さ、射程の広さ全てが高水準。
このクソ暑いのに男だけ上裸になれるのはズルいだろと言わんばかりに、FREE THE NIPPLEな映画でもあった。なんで地球がクソ暑くなってんのかまでちゃんと入れ込むところが真面目で好き。自分を軽んじたホームセンターのスタッフに対してルビーが啖呵を切るところも"指折り"の名シーン。向かいの男が撮影した写真のモンタージュでもわかるように、この作品の中で指という部位は性暴力の象徴でもあるが、ルビーとエリーズが土の中に指を入れて一緒に性的快楽を得ているような描写もあるように、癒しを与えうる部位としても用いられていた。道具そのものに何かが宿っているのではなく、使う人間次第だとする視野の広さが、性暴力加害者の亡霊たちに対する断罪的ではない態度にも表れている。「死して償え」ではなく「まず認めろ」という言葉には、責任逃れの死ではなく生をもって償い続けろという含意も受けとった。